COLUMN

第1話 半田沼の赤牛(あかべこ)

 むかしむかし、今の国見町の森江野の里、当時の森江野村に、塚野目殿とい う武士が住んでおりました。この地方ではかなり名の知れた武士でありました。
 塚野目殿には、目に入れても痛くないほどかわいがっている早百合という娘 がおりました。そしてとてもだいじに育てられておりました。
 ところがあるときふとしたことがもとで、とても重い病気にかかってしまい ました。
 塚野目殿の姫君のことでありますから、それはもう、手厚く看病もし、神さ まや仏さまにもお祈りをし、薬という薬をもとめてあたえましたがいっこうに よくはなりませんでした。
 それどこか、日がたつにつれて病気は重くなるばかりでありました。
 家族はもちろん、家来たちも近所の人たちも、神さまや仏さまにお祈りをし、 東によく効く薬があるといえばそれをもとめに走り、西にご利益のある清水が あるといえばさっそくそれをいただいて参り、早百合姫にあたえたのでありま した。
 しかし、目に見えたようなききめはさっぱりあらわれて来ませんでした。
 あまりの長わずらいに身内の者ももうすこしずつあきらめてきはじめたある 日のことでありました。
 早百合姫がにわかに、うわごとのように
 「半田沼の水をのみたいので汲んで来ておくれ。」
といい出したのでありました。
 家族は、急にようすの変わった早百合姫の態度にただおろおろするばかりで したが、真剣なことばに動かされ、母親が、家来の信之助を呼び、
 「早百合がせっかく申すのであるから人目につかぬよう沼の水を汲んで来て おくれ。」
と言い付けたのでありました。
 それからなんどきか過ぎまして信之助の手によって半田沼の水がとどきまし たのでさっそく姫にあたえました。
 すると、いままで夜もろくろくねむられなかった姫がぐっすり休むようにな り、顔色も少しずつよくなって来たのでありました。
 しかしなにしろ長患いのことですから病気の快復は一進一退でありました。
 そのあとでも、何回かは危険がおとずれましたが、年を経る毎に気力もつ いて来たのでありました。
 こうして幾年か過ぎたある春のことでありました。
 早百合姫がやしきからとつぜん姿を消してしまいました。いくら探しても見 当たりません。
 うわさはたちまち近郷近在にも広まりました。八方手をつくして探しました がさっぱりゆくえがわかりません。
 ところが半田山にたき木をとりに行っていた百姓が、半田沼の岸の松の枝に 女の着物がかかっており、その下にはぞうりもきちんとそろえてあるのを見つ け、『もしや』と思い、塚野目殿のおやしきにとどけたのでありました。
 身内の者が、とるのもとりあえず行って見ますと、それはまぎれもなく早百 合姫の身につけていたものでありました。
 ああ、せっかく、手厚い看病を続けて病気がなおりつつあったといいますの になんとしたことでありましょう。
 みんなは、ただおろおろして泣くばかりでありました。
 やがて親類の人たちのすすめで、半田沼の中をくまなく探すことになりまし た。
 水に達者な若者が選ばれ、探しにかかりました。
 半田沼、山あいの谷川の水がせき止められてできた小さな沼ですが、沼の底 までは意外と深いので、ふだんは、おそれられだれも近よることなどしないの がつねであります。
 これはどこの沼でも同じであります。
 しかし、これは一大事、それに阿武隈の流れできたえた水達者な者でありま すから、おそれることなく沼に飛び込みました。
 五回、十回、二十回、ぶくぶくぶくと、吐く息が水面を押し上げる音のほか はなにもきこえません。
 そんなことをくり返しているうちにやがて、今までの倍ものながい時間もぐ って出て来た若者が申しますには、
 「沼の中の遠くのどこかから、はたをおるような音がするので、その方に行 って見ました。たしかに、数丁はあったと思います。そこに、家があったので 声をかけて見ましたがだれも出てくる気配がありません。しおり戸を入って参 りますと、なんと、そこに早百合さまがおいででした。私が、『家へ帰りまし ょう。』とおさそい申し上げましたところ、静かに首を横にふられ、『私はこ の沼の主に見こまれ妻にされてしまいました。ここからはもう出られません。 もしもあなたが見つかればたいへんなことになりましょう。いっこくもはやく お戻りなさい。』とさとされたのでありました。早百合さまの声のとだえたと き、奥の部屋から大きないびきがきこえましたので、そっとのぞいて見ますと それはそれは大きな赤牛がいるではありませんか。その姿はまるで小山のよう でありましたから、おそろしくなり、お別れのことばもそこそこにもどってま いったのであります。」
と、こう申したのでありました。
 ああ、なんとしたことでありましょう。
 塚野目殿をはじめみんなはたいそうなげき悲しみましたが沼の底のことであ ればいたしかたありません。
 せめて、『半田沼の底で生きている。』ということにささやかな望みをかけ、 この世に戻ってくることについてはみんなあきらめてしまったのでありました。  それからというもの、塚野目の人たちが日でりつづきで困っているとき、半 田山の方をあおいで、
 「早百合さまぁー、雨降らしておくれー。」といいますと、しばらくして、 かならずそのねがいごとがかなえられるということであります。

Copyright© 2004-2007 Tada Construction Co.Ltd. All Rights Reserved.