COLUMN
第3話 庄吉ときつね
むかし、むかし、桑折の町のはずれの方にある水車小屋に、家からぽっつり
とひとりはなれてくらしている庄吉という若者がおりました。
この若者、ふだんは、他の人とたいして変わったところもないのであります
が、昼日中になりますと、それはもう空気のぬけたふうせんのようにぼやーっ
としているのでありました。
家の者たちが心配して、ようようにしてお金の工面をしてお医者さまを呼ん
でねんごろに診察していただきましたがいっこうにわけがわかりませんでした。
「どこが悪いんでしょうが。」
「わがんねな。この病気は。」
「なおんでしょうか。」
「わがんねな。おれにも。」
お医者さまが判らない病気っていったいなんだったんでしょうか。
家の者たちはそれからしばらくして、庄吉のね床のとりかえなどをしていま
すと、家の毛ではないたくさんの毛が落ちているのに気がついたのでありまし
た。それで家に連れて帰ろうとしましたがどうしても言うことをききません。
「あれは、きつねの毛だ。庄吉はきつねにばかされているんだ。」と気づい
てもがんこ者の庄吉にそれを言ってもどうにもならないのでそっとしておきま
した。
この、庄吉の水車小屋には、近くにすんでいるめすぎつねが美しい娘に化け
て毎晩日が暮れると泊りにやって来て、朝方になると帰っていくということが
実は一ヶ月以上も続いていたのでありました。
きっと庄吉は、めすぎつねに深く思われ、そのとりこにされたのでありましょ
う。これでは水車小屋から帰りたがるはずがありません。
ところがどうしたことか、或る日からきつねのばけた美しい姫がぱったりと
来なくなってしまいました。
待つ身の庄吉にとりましては、それはそれは気が気でありません。
すると四・五日すぎた夜ふけに大名のお姫さまのように化けたきつねが、お
供を連れて来て上がりこみ、庄吉のひざに寄ると急に泣き伏せてしまったので
ありました。庄吉がわけをたずねますと、
「いつのまにか、お前さんとわたしの仲を仲間のきつねどもに感づかれてし
まいました。わたしたちには人間に心を許してはならないというおきてがあり
ます。それに背いたので、この土地から遠くへやられることになってしまいま
した。そうでないと仲間から殺されてしまいます。それで、こうしてお別れに
まいりました。わたしは、別れだからといって死ぬまでお前さんのことを忘れ
ません。もしも、お前さんの身に何か心配なことでもおきたとしたならば、わ
たしを念じて下さい。そうすれば必ずお役に立ちましょう。」
といってさめざめと泣き、水盃を交して別れをいたしたいと申しますので、そ
の用意にも、と思い、窓をひらきますと、これはまあ、どうしたことでありま
しょう。
今までのちっぽけな水車小屋がみるみるうちにりっぱな御殿となり、また、
庭の前はすばらしい入江になってすばらしい景色にかわっているではありませ
んか。
おまけに、その入江には、数多くの小船がうかび、その小船の一そう一そう
にあかりがともされ、
『竜宮の美しさもこんなものなのだろうか。』
と、庄吉には思われるのでありました。
いつの間にか室内のふすまは開け放たれ、海の幸・山の幸がたくさん並べら
れておりますし、数人の舞姫たちがきれいな音楽に合わせてしなやかにおどっ
ているのも見えました。
すすめられるままにきつねの娘といろいろなものをたべうたいおどり、夜の
明けるまで語りあかすと、きつねの娘は名ごりおしそうにあとをふりむきふり
むき姿を消したのでありました。
人とけもの、そこには、はっきりした区別はたしかにありましょう。
しかし、かわいがる、愛するという心にはいかほどのかわりがありましょう
か。
小鳥をみてだれしもがそう思うでしょう。
犬・ねこの生きざまをみてまた人はそう思うでしょう。
このふしぎな、ゆめのような恋人(ほんとうはきつねなのですが)に別れた
水車番の庄吉は、さびしいひとりぐらしを続けておりました。
もう、とうに年ごろの庄吉のことを放っておくはずがありません。
嫁さんを世話してくれる人があって、それはそれは心のやさしい人が来てく
れました。
仲むつまじい生活が続いて、やがてかわいい男の子が生まれました。
庄吉夫婦はとてもかわいがりましたが、どうしたことかとてもからだの弱い
子でありました。庄吉はどうしたものかと悩んでおりましたがある日ひょっと
したことから、
「なにごとかあったらわたしを念じてください。」
といっていたきつねの言葉を思い出し、ひたすら心の中に子どものことを念じ
たのでありました。
すると、ある夜、きつねがゆめにあらわれまして、
「その子のじゅみょうはもうわずかです。とても助かりません。あきらめが
肝心。あきらめが肝心。」
と言って夢じらせば消えたのでありました。
庄吉の子はそれから間もなく死にました。
野辺の送りをすますと間もなく妻とも別れてしまいました。また庄吉はひと
りぼっちになってしまいました。
秋。
秋。
秋。夜がしんしんとふけて半田山からおりてくる風がつめたさを増したころ
庄吉の家のあかりをたよりにたずねて来たひとりの若い旅人がおりました。
だれでありましょう。
庄吉には、全く見も知らない他国の人でありました。
「まあどうぞどうぞ。」
と家の中へ招き入れますと、このあたりではときおりしか聞かない秋田ことば
で、こう申すのでありました。
「お前さまは庄吉さまでござりまするな。わしはぁ、秋田のまたぎでござ
んす。またぎでござんすから、毎日のように、山に行って、かりをばしてくら
しておりまする。
先日のことでござんした。
じつはぁ、山でとってもりっぱな、めすのきつねをしとめました。
さっそくに皮をはいで、それをほしてから、寝つきましたるところ、ゆめま
くらにそのきつねがはっきりとたってこう申したのでございます。
『わたしは、この土地のきつねではありませぬ。そもそもは、伊達の桑折と
いうところに住んでおりましたが、ふとしたことから、水車番の庄吉という人
と、はなれることのできない仲になりました。
それを仲間に感づかれ、おきてやぶりとののしられ、とうとう桑折の土地に
住めなくなり、流れわたりあるいてとうとうこの山まで来てしまいました。
どちらが西やら東やらと迷ううちに、お前さまのつつ先にかかってしまった
のです。
おかした罪の深さゆえ、それはいっさいあきらめておりまする。
決してお前さんをうらむものではありませぬ。
たったひとつ、これだけはお願いがあります。
それは、今も達者に桑折で暮らしている庄吉という人にわたしの皮をとどけ
て、最後のありさまを知らせてくだされ。
これただひとつがお願いであります。』
といわれたところで、汗びっしょりかいて目がさめ申した。はじめの晩はまさ
かと思っておったけど、三晩も続いたのでこうしてはるばるとやって来たので
ござんす。」
と語り終わるとようやく背負って来たつつみをといて、どさっと一枚の毛皮を
庄吉の前においたのでありました。
庄吉は旅人に礼を申しますとさっそくその毛皮をうけとりました。
秋田の旅人は、それから、何日かとまって近所の湯治場などに行きましたが
やがて、身仕度をととのえ、礼をのべると、半田山をよこ切るようにして秋田
の方へ帰っていったのでありました。
それからというもの、うすばかのような、気のぬけたような庄吉は、さむい
ときはもちろん、あついときでも、あんまり人には目だたないように、きつね
の毛皮を身につけて、うつむきかげんに村はずれを歩いていたそうであります。
だんだんあとのころになると、
「これはきつねからもらったものだ。」
といって小さなうす茶色の巻き物も持って歩くようになりましたが、その巻き
物の中味は、だれも見せてもらったことがなかったそうであります。
「このはなしならわたしもきいたことがある。」
という方が多いとしたら、あなたの家のまわりにはまだときおりきつねがうろ
ついたりしているのかも知れませんよ。
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