COLUMN

第4話 台の坂まで遠いこと

 むかしむかしのことでありました。
 松平さまというえらい殿様が諏訪神社をお建てになり、桑折地方のみ んなからたいそううやまわれておりました。
 ところがこの神社も二百年もたった明治十一年に建て直されることに なりました。
 古い神社は、摺上川の南の鎌田村の石ヶ森神社に売られることになっ たのでありました。
 神社は、ていねいにほごされて運ばれることになりました。
 社殿はバラバラにされて、墨が打たれ、たくさんの大八車に積まれま した。
 神主さまがうやうやしくのりとをあげておはらいをすませますとおお ぜいの氏子(※)の人たちにひかれて出発いたしたのでありました。
 ところが、どの車もいやに重く、おおぜいの氏子が大汗をかいて引っ ぱりましてもいっこうに進みません。
 ギシ、ギシッ ギシ、ギシッときしみながらのろのろと進むだけ。
 まるまる二日がかりで、ふだんなら目とはなのところにある台の坂ま でしか進みませんでした。
 「やれやれ、やっと二日で台の坂だ。石ヶ森まではひと月もかがっち まうな。」
といってひと休みし、腹ごしらえなどをしたのでありました。
 ところが、台の坂を発ちますと、今まで重くきしみ合ってうごこうと もしなかった大八車が、うそのようにカラカラ、カラカラと音をたてて 動き出したのでありました。
 「なじょなごどになったんだべ。」
と氏子たちがワイワイいいながら車を引いて長岡を過ぎ、瀬上村を通り 過ぎ、わずかそれから一日あまりで、石ヶ森についたのでありました。
 「ふしぎなごどもあったもんだ。」
 「きっとお諏訪さま桑折がらはなっちぐ無がったんだべ。」
 「それにしても、台の坂までは重がったなあ。」
 「まるで、半田山のせで引っぱったみでだったなあ。」
などと、口々に言っては、材木をおろしたのでありました。
 この、お諏訪さまの神社は、それからしばらくたちまして石ヶ森神社 に生まれかわりました。
 再び、りっぱな姿になった神社は、鎌田の村の人たちはもちろん、近 郷近在の人たちの信仰をあつめたのはもちろんであります。
 屋根に使ってあった木の板ののこりくずなどをあとでもやしましたと ころ、たいへんよい香りがあたりにただよいました。
 神主さまが調べてみますと、その木はすべて白檀(びゃくだん)とい うたいそうな値うちのある木だけ使ってあったということであります。

  ※氏子=神社をお守りする人たちのこと

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