COLUMN
第5話 銀(しろがね)の石
むかしむかし、木枯しの吹く秋のまったく終わりのころのことでありました。
長い旅をしてきたと見える身なりのうすぎたない老人が、伊達の半田の山
すそにたどり着いたところで日がとっぷりと暮れてしまい、今にも道に迷いそ
うになっておりました。
伊達の半田のからっ風は今でもむかしでもかわりがなかったのでしょう。
一夜の宿をとろうにも、あたりはさびしい村はずれ、北から来たのか南から
来たのかさえわからないこの老人は途方に暮れて、とあるかすかな光のさす農
家の前に立ち、
「今夜ひと晩だけとめていただきたい。」
とていねいなことばで願い出たのでありました。
その家は、年老いた夫婦だけの暮らしで貧しさもこの上ありませんでした。
「どうが、こたびんぼう家でよがったらお泊まんなんしょ。」
とめいわく顔ひとつしないで招き入れ
「なんにも無えげんちょも、外よりはなんぼがましだべ。」
といって、いろりばたにまきをくべ、旅人をもてなしたのでありました。
旅人は老夫婦のあたたかい人の心と、パチパチ燃えるまきで顔がほてり、い
ろりのはたでねむりについたのでありました。
夜中に、旅人がふと目をさまして見ますと、いろりの日はおきになって、燃
えているのはほんのチョロチョロなのに、まわりはボウッと輝いております。
いやまわりだけではなく灰の中も少し輝いているように見えたのでした。
「これはふしぎなことよ。」
とあれこれ思案をめぐらしているうちにまた深いねむりに入り、目ざめたとき
は夜がしらじらと明けたところでありました。
「寒くなかったかえ。」
と、老夫婦は朝のあいさつもそこそこに水を汲んでくれたりいろりにまきをく
べてくれたりしております。いろりのかぎにはなべがかけられ朝食のしたくが
はじまっているようでありました。
昨夜のことを思い出していろりのあたりを気をつけて見ますとたばねたまき
の切り口のあたりにもうっすらと光るものがついております。旅人は、
「ちょっとうら山のあたりを見てくるから・・・」
と言って外に出ていきました。
ほどなく山のふもとについてあたりを見まわしますと、これはこれはどうし
たことでありましょう。そこらいちめんの土という土、石という石にはまるで
粉雪がついたように、うっすらと白いものがついているではありませんか。
旅人はさりげなく小さな石ころを二つ三つふとろこへねじこむと場所をたし
かめでもするように何度もあとをふり返りながら戻って来ました。そうしてす
ぐに心のこもった朝がゆなどをいただき、とりとめもない世間話などをかわし
まして、わずかばかりの小銭をさしだして厚く礼をのべ
「折りがあれば、また参りたい。」
と去りがたい心をおさえいずこへともなく立ち去って行ったのでありました。
それからほどなくして雪が降りやがて長い長い冬を迎え、そしてまたはなや
かな春が戻ってまいりました。
そんなふうにしてなにごともない三年が過ぎていきました。
半田の山里の村は貧しいけれども平和そのものでありました。
年老いた老夫婦は、昨年の春もそうであったように、ことしもまたわずかば
かりの田畑に出てはせっせとはたらいておりました。もうみすぼらしいあのい
つかの旅人のことなどすっかり忘れてしまっておりました。
それは年のせいばかりではありません。毎日のできごとをすべておぼえてお
くことなど、どだい無理というものでありましょう。
そんなある日、やっと山つつじや、やまぶきの咲きはじめた半田の山里に、
数頭の馬に荷を分けた、このあたりではめったに見かけることのない、主人と
おぼしき武人が、いく人かの家来とともにやって来て、やがて、年老いた夫婦
の小さな庭先に駒をとめたのでありました。
「やあ、やあ、しばらくであった。達者でなによりじゃ。」
「はぁて・・・・・・・・」
ふしぎに思いましておそるおそる顔を上げますと、
「今から三年ほどまえ、所用あってこの地にまいり、なれぬ夜道で難儀して
おったとき、一夜の宿をおかしいただいた者じゃ。あの節はあたたかいもてな
しを受けいつも心にはかけておったのじゃがなかなかに都よりははるかでな。」
と言うのでありました。
そうして、やっと記憶が戻った老夫婦はまた、あのときとらえくようすのち
がう身なりなのに戸まどっているふうでありました。
「じつは、こちらにおとめいただいたおり、いろりのはたで、ギラギラと光
るものを見て、『これはふしぎなこともあるものよ。』と思い、朝方になって、
うら山へ行ってみると、そこにも光り輝く小石が、そこここにあったので、二
つ三つ持ち帰り、都のものに調べさせてみると、それは”銀の石”とのこと。
『いろいろに細工をほどこせば財宝として役立つみごとなものである。』
とのこと。
都でもたいへんなよろこびようじゃ。
よって、都では銀山としてこの山をひらくことにしたのじゃ。」
と一気に語って聞かせたのでありました。
まだ開かれぬ奥州の半田の山里に、それからというものは朝となく夜となく、
春夏秋冬を問わず、たくさんの人が往来し、銀山のまちがだんだんとひらかれ
ていきました。
年老いた夫婦が、そののちどうなったのかは定かではありませんが、北半田
の人たちは、その老夫婦の墓は北半田の朝日輝き、夕日もまたよくさす丘のあ
たりにあるはずだ。と今も語りつたえているということであります。
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