COLUMN

第10話 とうふ屋の娘

 むかしむかしのことでありました。
 桑折の町のはずれ、西町にたいへんはんじょうしているとうふ屋さんがありました。
 このとうふ屋さんは長いことそこで店をひらいておりましたので名が売れておりま
した。
 とうふをもとにして、あぶら揚げやがんもどきを造ることももちろんしておりまし
たし、季節によってはこんにゃくなどもこしらえておりましたのでたいそうはんじょ
うしておりました。
 このとうふ屋に、ひとりの、きりょう良しの娘がおりました。
 その娘が、花もさかりの十七の正月になったばかりのことでありました。
 友だちの家にまねかれてまいりました。
 たくさんのごちそうはもちろんでありますが、お正月のことですのでお酒もごちそ
うになりました。
 すすめられるままに盃を重ね、たいへんいい気げんになって家へ戻りましたが、そ
のままこたつに入ると、酔いつぶれて寝こんでしまいました。
 ところが眠っているうちに、着物のすそに火が付いてしまいました。
 正気のときですと熱くって目がさめるものなのでありましょうが、すぐには気がつ
かず、あわてて飛び起きたときにはもうかなり火がまわっておったのでありました。
 あわてふためいて、近くにあった池に飛び込み、かろうじて一命はとりとめました
が、かわいそうに枕を上げることのできない重い重い病いにかかってしまいました。
 近所の人たちや親せきがなぐさめに来てくれたのはもちろんであります。
 ある日、近所の友だちが見舞に来てくれました。すると娘がしげしげと眺めまわし
まして
 「いいわねぇ、あなたは。そんなに長くって美しい髪なんかゆっていられて。それ
にくらべたら私はもうだめよ。まもなく死ぬんだもの。」
というのでありました。だれだって病気になれば弱気になるもの。友だちはなぐさめ
ながらも、何かこう気味わるくなって帰っていったのでありました。
 三、四日過ぎると
 「とうふ屋のきりょう良しの娘はもうだめなそうだ。」
といううわさが広がりました。それはすぐ近くの桑折寺のおかみさんの耳にも入って
おりましたので思うともなしにあれこれ思いめぐらして留守の仕事を片付けておりま
した。
 すると、だれかが山門をサッサッサッと入って来る気配がします。その足音は住職
のものでもききおぼえのあるものでもありませんでした。
 その足音はやがて本堂の板の間をふむ音にかわり、おがんでいる様子でありました
が、ややあって庫裡の方に向かってなれた手つきで戸をあけて入って来たのでありま
した。
 それは、とうふ屋の娘でありました。
 ちゃんと新しい着物を身にまとい、髪もちゃんと美しくゆってあります。
 「さっきのうわさはうそだったんだべが。」
なんて考えていると、上がりこんでていねいにあいさつをするのでありました。
 その顔といい声色といい少しも病み上がりのようには見えませんでした。
 お寺でお客さまにお茶を差し上げるのは礼儀でもありますので勝手元へ行きまして
茶道具などを運んで来て見ますと、今の今までそこにいた娘の姿がみあたりません。
ぞっとしたのなんのって。とそのとき、とうふ屋の親せきの人が入って来まして、た
った今、とうふ屋の娘が今息を引き取ったからという知らせが届いたのでありました。
 あまりのことに、返すことばもなかったのは当然でありましょう。
 翌々日のいい日取りを選んで葬いが行われ娘は桑折寺に仏となったのでありました。
 だれもが、あんな死にかたでありましたから、おだやかに成仏してくれるように、
と念じておりました。
 ところがその夜のことであります。
 お見舞いに行ったとき、たいへん髪や着物をうらやましがられたあの娘が、家で不
幸だった友だちのとうふ屋の娘のことなどを思い出しましてこたつで親たちと話をし
ておりますとその最中に、髪の元結(※)がプツンと切れたのでありました。
 「あれっ。」
とは思いましたが、たまには切れることもあろうと気にもとめずにそっとして元結を
もとに直してその場は過ぎました。
 同じその夜ふけに、桑折寺の本堂でも異変がありました。
 ひとこえ、絹をひきさくようなすさまじい女の叫び声が聞こえました。
 すると間もなく、本堂の中を走り廻るようなみだれた足音がきこえてまいりました。
 住職が小僧をゆり起こして、本堂に来て見ますと、それは、日中葬むられたばかりの
とうふ屋の娘が走りまわっているのでありました。
 住職が小僧とがさっそく大声をはり上げてお経をあげはじめますと、ややしばらくし
て、とうふ屋の娘の足音がゆるくなり、やがてつかれたような姿を本堂から消したので
ありました。
 次の夜も、友だちの髪の元結が同じ時刻に切れました。
 と同じ時刻にまた本堂を走りまわる音が聞こえ、住職と小僧がお経を読んで魂をしず
め、姿を消させたのでありました。
 その次の日も同じでありました。
 友だちの髪の元結が切れる・・・・・・・。
 本堂の中を娘のゆうれいが走りまわる・・・・・・・。
ということが七日続いた・・・・・・・。
 しかし、その後は、ピタリと姿を現さなくなったのでありました。
 とうふ屋の娘は、友だちの黒髪をうらやましく思い、ゆうれいとなって七日七晩現れ、
やっと成仏したのでありました。
       ※元結=かみをたばねるときに用いる和紙などでつくったひも

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