COLUMN

第12話 二本ぶな

 むかしむかしのことでありました。
 ひとりの旅人がちょうど半田山の細道を通りかかったあたりで急にぐ あいが悪くなってしまいました。
 折りよく通りかかった北半田の人が家に連れて来てとても親切にかい ほういたしました。
 かなり重い病いだったと見えましてずい分とかかりましたが、前のよ うな体力はなくなり弱ってしまっておりました。
 しかし陽気も良くなりましたので、そろそろと旅立つことになりまし た。
 ほんとうに旅に要る物だけを、と思い、荷物の一部は朝早くにこっそ りと起きて、半田山のふもとに埋めて戻ったのでありました。
 「ながながとたいそうお世話になり申した。なんとか旅を続けられそ うなので出立いたしたい。
 荷物はとても全部持ってまいるわけにも行かぬゆえ、山中に埋めて参 った。
 あの荷物は、すこしわけのある大切なものゆえ、またきっと取りに戻 りたい。
 しかし、旅先のことゆえ、いつなんどき、どんなことが起こるかわか らない。
 もしも、全く、もしもの話であるが、きっちり十年経ってもわしが参 らなかったら、身の上になにかの異変があったと思われ、それを掘りあ ててくだされ。そして、このたびの御礼にしてくだされ。
 荷物を埋めた目印はこの紙にしたためておき申した。」
と言い、一片の書きつけを、その家の主人に手渡しますと、厚く礼をの べ、山道を登って行ったのでありました。
 その書きつけには、
 『朝日さし
   夕日輝く二本ぶな
    信夫の里を見おろして
     黄金千貫 朱千貫』
と何やらなぞめいた歌みたいなことばが記してあったのでありました。
 そしていつしか十年たちました。紙きれは小麦色にすすけてしまって おりました。
 あるじが、ふとそのことを思い出しましたものの、毎日のいそがしさ にまぎれて、かまわずにおきました。
 一年
 そして、また一年
 神だなのすみっこにあげておいた紙切れはいつか、たぬきの背中の色 ほどにかわって、あれから二十年はたっておりました。
 それでも、旅人はまいりませんでした。
 あるじも、このあいだに、たっぷりと二十年だけ、としをとったので ありました。
 仕事も財布も息子にゆずりましたあるじは、そのころからめっきりと ふけこみました。
 あるじは、この紙きれのことを息子や家のものに話しまして、気にか けながらあの世へと旅立ったのでありました。
 『朝日さし
   夕日輝く二本ぶな
    信夫の里を見おろして
     黄金千貫 朱千貫』
 この言葉は、いつのころからか、呪文のように、北半田はおろか、近 くの村々まで伝わっていきました。
 「ほんとだべが。」
 「いや、作りごどだべで。」
 「ほんじゃって、たしかに荷物は持って来てだっつうぞ。」
 「こんだの休み日に行ってほって見っか。」
 「お上(かみ)の山、やだらに掘ったら、おんつぁれっぺ。」
 「こそっと、めっけんのよ。」
 あちこちでこんなことばがささやかれはじめますと、小高い見はらし のよい山腹がひそかに掘られはじめたのでありました。
 それでなくてさえ、金銀の鉱脈の走っていた半田銀山のある山の話で ありますから、話には尾ひれがつきまして、たいへんなさわぎになった のでありました。
 「ひとんじぇ、黄金の千貫、朱の千貫も持だんにんだがら、何か大事 な書ぎづげだべで。」
 「いやいや、これはたどえ話で、そらほど値打ちある宝ものかぐした っつうたどえだべえで。」
 「なにが秘密なごどだな。きっと。」
 おくそくがおくそくを生み、山に入る人はひきもきらないありさまで ありました。
 それは、熱病のようなものでありました。
 「ワァーッ。」
と二年ほども、さわがれると、あと何年も、何十年もこの話がとだえ、 いつかまた、火のついたように燃えあがり、宝さがしがはじまるので、 ありました。
 「いや、あのことば、いつからか違って来たんだ。ことば違うからめ っかさんねのさ。」
という説も出てまいるのでありました。
 ついこのごろも、この宝さがしが行われましたが、まだ見つかってお りません。
 次の第十三話も、同じような話で、これは南半田の方に伝わるもので あります。

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