COLUMN
第15話 ひとつかみわらび
むかしむかしのことでありました。
弘法大師とおっしゃる、それは、それは徳の高いお坊さんが、ありがたい仏の教え
を広めるためにこの川西の方をまわっておられました。
お坊さんがこのようにして地方をまわられることを行脚といいます。
くわしく仏さまの教えを説いて回られるのですから何日も居られたことでありまし
ょう。
あるおそい春の夕暮れに弘法大師は半田の中北まで来られたところで途方に暮れて
しまいました。
どこかに家はないものかと、あたりをうかがいますと、一軒の百姓家に、チョロチ
ョリといろりの火がもえているようなのが見えたのでありました。
弘法大師は、入口をすこし開けると、
「私は諸国を行脚している者でありますが、今晩一晩とめていただけまいか。」
とお願いしたのでありました。すると、すすけ顔の年寄りがでて来まして、
「こだ、ぼっこれ家でよがったら、どうがとまってくなんしょ。」
といってくれました。
弘法大師は礼を申しましていろりのはたに寄せてもらいました。
年寄りは、
「うら山さちょっくら行って、山のものでも採って来てごっつおうすっからあだ
ってでくなんしょ。」
と言って外に出たのでありました。
それを聞きました弘法大師は、
「これから山に行って採ってくるのは何にしてもたいへんなことだ。わしが法の
力でめずらしいわらびを進ぜよう。これから、この裏山に行って見るがよい。そこ
には、わらびが生えているはずだ。そのわらびは、ふつうのそれとは違って、木灰
(あく)ぬき(※1)しなくともすぐに食べられる重宝なものじゃ。しかし、いく
らあったからと言って、やたらに採ってはならんのじゃ。採るのはたったひとつか
みに限るのじゃ。決して欲を出してはならんのじゃ。」
と教えてくれたのでありました。
首をたてに振りながらも、心の中では、
「そんなごど、ありっこあんめえ。」
と思ったり、
「もしかしたら、ほんとだべが。」
と考えなおしたりしているうちに、いつものわらびのあるところにすぐに着いたの
でありました。
夕やみにすかして見ますと、あちらに一本、こちらに二本と、ボッテリしたわら
びが生えておりました。
一本・二本とつんでおりますうちに、たちまち手のうちいっぱいになってしまい
ました。
「さあで。どうしたもんだべ。」
と考えてしまいました。
「どうせすぐ食っちまうんだがら、もう少し採ってってもよがんべ。」と思う別
の心で
「いやいやお坊さまのいわったごど守ったほうよがんべが。」
とも思い、迷いつつ、あたりを見まわしましたが、わらびもなさそうだし暗くもな
ったので心の中で、『これでぜえどしっぺ。」と決めて戻ったのでありました。
「どうじゃったの。」
「はい、お坊さまのいわった通り、ひとづがみだけ採って来やした。」
「それは何よりじゃった。」
「ほんじぇは、さっそぐ、煮でさし上げ申しやすべ。」
といって、さっそくお汁なべに入れて煮て味見をしてみますと、それはいつもの木
灰ぬきをしたわらびよりも、青々としてやわらかく味も上等この上もないものであ
りました。
「おっさま(※2)の言わったごどほんとだったない。たんとたべでくなんしょ。」
といっておかわりをわけてくれたりしたのでありました。
弘法大師はいろりのはたにゴロリと横になり一晩をゆっくりと休ませていただき
ました。
次の朝も、そんなに早くなく起き、あつく礼を申しまして、
「わしは、弘法という行脚僧じゃ。あちこち、仏の教えをひろめるのに回ってい
るが、人が困っているところでは人を助けたりもして来たのじゃ。このたびは、不
意に参って、いろいろと親切にあずかりかたじけなかった。」
と言って立ち去ったのでありました。
年寄りは、半分ポカンときいておりましたが、きのうのわらびのことだけは、頭
にはっきりとこびりついたのでありました。
「なんせえ、うそだが、ほんとだが、きょうも行って見っぺ。」
と出かけて、また、わらびを採って来ましたが、同じ味でした。
ふさを採って来ても、こごみを採って来ましても、それからというものは同じで
ありました。
年寄りは、このことをだれにも言いませんでした。
いつも欲ばらずに、ひとつかみしか山菜は採りませんでした。
しかし、いつしか近所の茶のみ友だちがそれとなくききつけまして、弘法大師の
『ひとつかみわらび』はしだいにみんなに知れわたっていきました。
今もその辺ではすぐたべられるわらびが取れるということであります。
※木灰ぬき=山菜などの特有のえぐ味をとる方法
※おっさま=お坊さま
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