COLUMN
第36話 世試し山
むかしむかしからのことでありました。
だれでもが、この地方では知っております伊達の半田山のすこし小高いとこ
ろに、俗に世試し山といわれるところがあります。
この世試し山には、むかしから、こんないわれが伝わっております。
世試し山にひとところには、思い切ってぐうっと、へっこんでいるところが
あります。
標高が八百六十三メートルの半田山で、その下でありますから、八百メートル近くは
あり、毎年、冬の間、雪が吹き込んで積もります。
山の凹地に、ぎっちりと冬中の雪がつもるのでありますからその部分はいつ
までも雪が消えないで残っております。
まあ、あたりまえのことでありましょう。
この雪どけのころに、毎年、しし狩りに行く弥助という男がおりました。
ししというのは、今で申せばかもしかであります。
そのころは、半田山一帯にも、かもしかのほかに、しかや、くまなどが、た
くさんいたので、それを目あてに、何人かのりょう師が山に入りましては、え
ものをしとめて、生計をたてているような人がおりました。
弥助もそのひとりでありました。
この弥助のりょう場は、世試し山のあたりでしたから、よく、狩りの途中に
水を求めて、近くの世試し山の凹地にまいりました。
ところが、ここに雪がぎっちりと残っているときと、さっぱり残っていない
ときがあることに気がつきました。
弥助が山に入りますのは、たいてい、春の彼岸からまりからでありましたか
ら、月日の見当もついたのでありました。
何年も、何年も山あるきから、弥助は、
「旧暦、四月八日まで、半田の山さ降った雪、
のごってるどぎゃ、水ふだで
四月八日のその前に
雪がなぐなきゃ、ひでり年。」
と、親しい人に語ったのでありました。
「水」と「日でり」は今もむかしも農業にとりまして最大の関心事でありま
す。
弥助のはやしたことばは、それから数年の間にほぼ間違いなくて神うらない
よりも当たるといわれるようになりました。
弥助が旧暦の四月八日に、りょうから戻ってまいりますと、その様子を聞き
に人が寄ってくるのでありました。
「弥助の世試し山」「弥助のひでり占い」といわれて人々の口の端にのぼり、
代々伝えられるようんあったのは当たりまえのことであろうと思います。
今は、そのことが古文書に残っているだけでありますが。
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